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くにたま通信

山ん神さまとオコゼの話

 宮司 山名隆弘

沼ノ内諏訪神社(※1)の総代長・鈴木正昭殿が「山ん神さまが手に入ったから」といってわざわざ届けてくれました。鰧(虎魚)という珍しい魚、体長約二十センチ、重さ約五〇〇グラムあります。すこぶる美味、と「広辞苑」にありますが毒針をもっていて刺されるとしびれるとか。「鍋にして食うと旨いよ」と教わりましたが、この魚の命を書いておこうと思います。

品竹悦子さんという、福島県の民話語り手が郡山市に住んでいます。西会津の生まれで根っからの訛り言葉が語り部の最大の持ち味です。

「山ん神さまっちゃね、姿形が良ぐねがった。田植えの頃になっと、堀上やんので村の人ら総出で田ぁさ出るワイ。山ん神さまも一緒に出んダ。雪解け水がダダーッと流れ落ちる。すっ転んで、山ん神さま水に映った我が顔見だったら、ナントモ、ヒデェ顔してだもんで、嫌になっちゃって山サ隠れでしまったど。村人は皆して頼んだど。水流してくんちぇ。婆さまはナ、女ごでねっかわがんねべ。オコゼ持ってこ、あら、恐ぇ恐ぇ顔してんだ。山ノ神様献上しだら、水、流してくっちゃんだョ。」

オコゼがひどく醜い顔である、ということについては『古事記』(※2)が伝えています。

邇邇芸命(※3)は大山津見神(※4)のふたりの娘に出遇い求婚したところ、父神は姉の石長比売(※5)を献じました。この姫は醜女でありましたから命は妹の美女と名高い木之花咲耶比売(※6)が欲しいと願い出たのです。石長比売の悲しみは深く、怨みは強く残りました。それで皇室(天皇家)の寿命は長久ではなくなったというのです。木之花咲耶比売の産んだ子が、海幸彦・山幸彦(※7)だったといいます。

石長比売は高い山の峰に居て、年々のオコゼの献上を受けながら、稲の実りを護ってくれているのだと言われます。

私は県境の町、新地町の高校に勤務したことがありますが、そこの魚店のおばあさんがオコゼを「作太郎(サクタロウ)」と呼んで、秋深い夕方、この魚の美味を講釈され、買って部屋に戻った私は、鍋にして一盃やったものでした。海釣りの本で探しましたが浜通りの獲物には載っていないので、ごく珍しい魚であるのでしょう。

狩人やマタギ(※8)たちは昔から、オコゼの干物を紙に包んで懐に入れ「大物が獲れたらお顔をお見せします」と祈願しながら山に入ったといいます。山と海を結ぶ、この不思議な信仰は民俗学者・南方熊楠(※9)や柳田國男(※10)も注目した謎のままです。

唐揚げがうまい、鍋もいいと教わったので鍋(味噌仕立)にしていただきました。さばいた家人はトゲで手のひらを傷つけたと嘆いています。

宮司 山名隆弘


注釈

  • ※1 沼ノ内諏訪神社 いわき市平沼ノ内に鎮座する神社。大國魂神社の兼務社のひとつ。
  • ※2 古事記(こじき) 712年(和銅5年)に太安万侶(おおのやすまろ)が編纂した日本最古の歴史書。上・中・下の三巻からなり、天地の始まりから推古天皇の時代までの神話・伝承・歌謡を収める。日本の神話・信仰の根本となる書物。
  • ※3 邇邇芸命(ににぎのみこと) 天照大御神(アマテラスオオミカミ)の孫にあたる神様。「天孫降臨」と呼ばれる、天から地上(葦原中国)へ降り立った神であり、稲穂を地上にもたらした神とも伝わる。初代天皇・神武天皇の曾祖父にあたる。
  • ※4 大山津見神(おおやまつみのかみ) 山を司る神。伊邪那岐命(イザナギノミコト)と伊邪那美命(イザナミノミコト)が生んだ国土の神々のひとり。全国の山の神信仰の根源とされる。
  • ※5 石長比売(いわながひめ) 大山津見神の娘。「岩のように永久に変わらぬ命」を象徴する姫とされるが、その醜さゆえに邇邇芸命に返された。このことで人の命が花のようにはかなくなったと伝えられる。
  • ※6 木之花咲耶比売(このはなさくやひめ) 石長比売の妹。「木の花が咲くように美しく栄える」命を象徴する姫。富士山の神・浅間大社の御祭神としても知られる。
  • ※7 海幸彦・山幸彦(うみさちひこ・やまさちひこ) 木之花咲耶比売と邇邇芸命の間に生まれた兄弟神。兄・海幸彦(火照命)は漁を、弟・山幸彦(火遠理命)は山の猟を生業とした。兄弟の間で釣り針をめぐる争いが起き、その顛末が『古事記』に詳しく語られている。山幸彦は初代天皇・神武天皇の祖父にあたる。
  • ※8 マタギ 東北・北海道地方に伝わる伝統的な山の猟師集団。独自の山の神信仰と掟を持ち、熊などの大型獣を集団で狩ることを生業としてきた。オコゼの干物を山の神への捧げ物として携行する風習が広く伝わっている。
  • ※9 南方熊楠(みなかた くまぐす) 1867〜1941年。和歌山県出身の博物学者・民俗学者。粘菌の研究でも世界的に知られる。神社合祀反対運動にも尽力し、山の神・オコゼ信仰をはじめ日本各地の民俗・伝承を幅広く研究した。
  • ※10 柳田國男(やなぎた くにお) 1875〜1962年。兵庫県出身の民俗学者。日本民俗学の創始者とされる。『遠野物語』などの著作で知られ、山の神信仰や農村の伝承を学問として体系化することに生涯を捧げた。
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